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60歳以降のお金が心配な人に知ってほしい継投策

2023/1/25

東洋経済オンライン

いわゆる「人生100年時代」と言われる近年、「野球のピッチャーのように完投型から継投型への転換は、老後の生活設計にも効果的」と主張するのは、社会保険労務士で第一生命経済研究所主席研究員の谷内陽一氏。著書『WPP シン・年金受給戦略』(※外部サイトに遷移します)を一部引用・再編集のうえ、就労延長(Work longer)、私的年金等(Private pensions)、公的年金(Public pensions)の3者の継投で老後に備える戦略について解説する。

老後生活も「完投型」から「継投型」へ

かつて野球界では、投手は先発完投するのが当然視されており、1974年に最多セーブ投手(一時期は最優秀救援投手)が、1996年に最優秀中継ぎ投手が個人タイトルとして制定されるまでは、リリーフ投手は「先発を任せられない二線級の投手の役割」と認識されていた。 しかし現代では、盤石なリリーフ陣(中継ぎ・抑え)を整備・構築することがペナントレースを制覇するうえで大きなカギとなる。これは、ここ20~30年の間に優勝したチームの陣容を見れば一目瞭然だ。この変革の波は、エースの先発完投が至高とされている高校野球にも波及しており、強豪校では真夏の甲子園を制覇するために複数の投手を擁することが常態化しつつある。 こうした変革は、老後生活にもほぼ同じことが当てはまる。従来は、公的年金を土台に私的年金を上乗せして受け取るという図式が長らく支持されてきた。 この図式の下では、公的年金だけでなく私的年金も終身で備える「完投型」あるいは「上乗せ型」が理想とされていた。しかし、バブル崩壊後の長期にわたる景気低迷と少子・高齢化の進展によって、私的年金では終身給付の提供が困難な環境となった。

また、わが国の私的年金は終身給付ではなく有期給付が主流となっているうえ、そもそも年金ではなく一時金での受取りが広く選択されている実態がある。 そこで近年は、完投・上乗せ型のように公的年金も私的年金も終身で備えるのではなく、 (1)まず働けるうちはなるべく長く働く (2)公的年金は繰下げ受給を活用して終身の厚みを増す (3)就労引退から公的年金の受給開始までの間を私的年金や貯蓄等でつなぐ という「継投型」のスタイルが提唱されている。具体的に見てみよう。
『WPP シン・年金受給戦略』(中央経済社)
参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/644693 (出所)『WPP シン・年金受給戦略』(中央経済社)

① 先発(スターター):就労延長

就労延長とは、文字通り「就労する期間を延ばすこと」である。引退時期を1年先延ばしにすると、引退後に向けた準備期間が1年長くなるだけでなく、引退後の期間も1年短くなるため、老後資金準備にとっては二重(準備期間の延長&取崩し期間の短縮)でプラスになる。さらに、厚生年金保険の適用事業所あるいは企業年金の実施事業所で引き続き就労する場合は、将来の公的年金および企業年金の増加が期待できる。 一方、「働けるうちはなるべく長く働こう」と主張すると、決まって「死ぬまで働かせる気か!」との批判がつきまとう。しかし、先発投手(就労延長)が登板しないとなると、そのしわ寄せは中継ぎ陣(私的年金等)と、抑え(公的年金)に及ぶ。就労延長の本質は「死ぬまで働く」ことではなく、「少しだけ現役期間を延長する」ことだ。そして、高齢期は現役期と同じような働き方をする必要はなく、個々人がそれぞれ自分のペースで働けばよい。

終盤を任せるリリーフエースに欠かせない機能

② 抑え(クローザー):公的年金

公的年金の最大の機能は「終身給付」、すなわち「一度受け取り始めたら亡くなるまで受け取り続けることができる」点にある。また、わが国の公的年金には、受給開始年齢を65歳よりも遅らせることで年金額が増加する「繰下げ受給」というしくみがあり、これを活用することで終身給付の厚みをさらに増すことが可能だ。 一方、公的年金については、マスメディアや専門家が「年金額が2~3割も減らされる」だの「支給開始年齢が75歳以上に引き上げられる」だの「少子高齢化でいずれ破綻する」だのといたずらに不安を煽るため、大多数の国民が制度に不安・不信を抱いている。 しかし、日本の公的年金はよくよく考えて作られた制度であり、制度そのものが破綻することはありえない。少子高齢化の影響等により年金額が減額される可能性はあるものの、老後生活設計の大幅な見直しを迫られるほどの極端な減額までは見込まれていない。公的年金は、それだけで老後生活のすべてを賄うのは難しいが、老後生活の「土台」には十分なり得る。

また、終身給付は、保険集団内でのリスク移転(不幸にして早期に亡くなった被保険者の給付原資を想定以上に長生きしている被保険者へ移転)を前提に制度設計されている。終身給付という機能を有する公的年金は、老後のための単なる貯蓄ではなく、国民全体で長生きリスクに備える「保険」であり、人生という「いつ終わるかわからない試合」の終盤を任せるリリーフエースにとっては欠かせない機能だ。これは、私的年金や貯蓄・資産運用で肩代わりできるものではない。

③ 中継ぎ(セットアップ): 私的年金等

野球における中継ぎ、それも勝ちパターンで登板する「セットアップ」の役割を担うのが、企業保障(退職一時金・企業年金などの退職給付制度)や個人保障(貯蓄・個人年金などの自助努力手段)などさまざまな制度・金融商品からなる「私的年金等」だ。 野球の継投策は、イニング数・球数や相手打者の状況を見ながら投手交代のタイミングを決定できるほか、ワンポイント(1人の打者だけに投げること)やロングリリーフ(長いイニングを投げること)などさまざまな手法がある。 私的年金等による中継ぎも、個々人のライフプランに応じて継投の順番・組合せ・タイミングを自由に決定できる柔軟性の高いしくみとなっている。複数の投手をマウンドに並べていっぺんに投げさせる荒業も可能だ。 また、自助努力で老後に備えるうえでの最大のハードルは、自分が「いつ死ぬか」あるいは「いつまで生きるか」を正確に予見するのが困難なため、いくら準備すればよいのかが不明な点にある。

ただ、自助努力で備えるべき範囲が「就労引退」から「公的年金を受給開始するまで」の5~10年程度と期間が明確になれば、具体的に準備すべき金額が見えてくるため、目標意識を持った備えが可能となる。また、5~10年分の備えであれば、有期年金や一時金が主体となっているわが国の私的年金の給付実態にも適う。

「継投」を制する者が老後を制す!?

以上の通り、老後生活設計における「継投型」は、私的年金等による中継ぎに「就労延長」と「公的年金の繰下げ受給」を組み合わせることで、老後生活をより盤石なものにすることを目指している。また、ここ数年の雇用・労働法制や、公的年金・私的年金の相次ぐ改正により、継投を実行するための環境が大きく整備・改善されている。 一方で、「先発完投こそ至高」と信じて疑わないオールドファンのように、上記のような急激な変化に拒否反応を示す者も出てくるだろう。

WPP シン・年金受給戦略
参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/644693
『WPP シン・年金受給戦略』(中央経済社)。※Amazonのサイトにジャンプします

先発完投型から継投型へと変貌したことで、わが国の野球人気は失墜しただろうか。いや、失墜するどころか、プロ野球も高校野球も主要な人気スポーツの一つとして現在もなお君臨し続けているのが現実だ。 2005~07年頃の阪神タイガースの継投策であるJFK(ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)は、勝ちパターンで登板する中継ぎ投手を「セットアップ」と位置付け、先発投手やクローザー(リリーフエース)と同等の地位に引き上げた。この継投策は、現代野球における投手分業制の新たな地平を切り拓き、各球団もこぞって追随した。 著者は、阪神タイガースのJFKになぞらえて、前述の老後生活設計における継投型を「WPP」と命名した。Wは就労延長(Work longer)、2つのPは私的年金等(Private pensions)および公的年金(Public pensions)を表している。野球が時代の変化に対応したのと同様に、老後生活への備え方もまた時代とともに新たな「勝利の方程式」を見いだす必要がある。

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